2017年4月27日木曜日

外注化阻止ニュース 第317号

http://www.doro-chiba.org/ga/gaityuuka317.pdf


レール交換を実現した反合・運転保安闘争
尼崎事故から12年  事故問題にどう向き合うか

 4月25日で05年の尼崎事故(福知山線脱線事故)から12年となりました。

外注化・合理化でレール破断

 当時、JR東日本ではレール破断が相次いでいました。保線・設備部門の全面的な外注化から約2年が経過し、04年に入った頃から千葉ではレールが次々に破断し始めていました。
 動労千葉は05年3月、危険箇所の運転速度を落とす安全運転闘争を3日間にわたって闘いました。尼崎事故が起きたのはその直後でした。
 私鉄との競争による過密ダイヤと、日勤教育などの厳しい締め付けに極限まで追い詰められた運転士が大幅な速度超過でカーブに進入して列車が脱線。マンションに激突して車両がひしゃげ107人の犠牲者を出しました。
 動労千葉はこの事故から1カ月を期して5月25日から再び反合理化・運転保安(安全運転)闘争に入りました。闘いは、3カ月以上にわたって継続されました。

労働組合の闘いで社会問題に

 けっして大きな遅れが出る闘争ではありませんでしたが、会社は激甚に反応しました。膨大に動員した管理者を運転台に乗せて監視し、組合役員などに処分を乱発しました。
 外注化や合理化による矛盾が、レール破断という鉄道会社としてあってはならない事態として現れたことへの闘いは、会社にとって最も痛いところを突いていたのです。
 しかし、動労千葉の闘いでレール破断は大きな社会問題になりました。動労千葉には激励の電話やメールが多数寄せられ、マスコミにも取り上げられました。


 結局、先に音を上げたのは会社の方でした。60㌔以上のレールを交換や7月以降の闘いは処分対象としないことを約束させたのです。千葉支社管内で最終的に160㌔にのぼるレールを交換させました。
 動労千葉は鉄道の安全を守るために真剣に闘うことで尼崎事故を引き起こした現実と闘いました。そして労働組合の闘いがどれだけの影響力を持てるのかを示したのです。

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